公開シンポジウム
学習ネットワークと生涯学習C
 〜ターミナルとしての学校〜


期日: 平成14年1月21日(月)午後2時30分〜5時

場所: 静岡大学附属図書館6階SCSメディアルーム




研究報告1:「ターミナルとしての学校の可能性」
静岡大学情報学部助教授   堀田龍也

研究報告2:「地域がつくる学校・学校がつくる地域」

新潟県聖籠町教育委員会指導主事   高口和治

研究報告3:「学習支援ネットワークはいなんの実践
 〜地域センターとしての定時制高校」

静岡県立榛原高校定時制教諭   西川 徹

パネルディスカッション

コーディネーター:     常葉学園大学教育学部教授  内田忠平

要旨


センター・阿部:
 それではただいまから、公開シンポジウム「学習ネットワークと生涯学習C 〜ターミナルとしての学校」を開催いたします。静岡大学生涯学習教育研究センター長、滝欽二より開催の挨拶を申し上げます。

センター・滝:
 皆さんこんにちは。全国6会場の皆さんこんにちは。今日は静岡・東海地方は非常な天気になりまして、さらにこのSCSを始めようとしたらトラブルがありまして、申し訳ないですけれど私の挨拶もそこそこにして始めさせて頂きたいと思います。
 この「学習ネットワークと生涯学習」も第4回目になりますが、特に今年2002年というのは、学校にとっての一つの大きな節目ということになります。学校の週五日制の完全実施とか、学校を地域に向かって開くとか、あるいは様々な学習機会を、連携するという要請がますます強まっている――そんな中で、「ターミナルとしての学校」というテーマを設定いたしまして、今回、新潟の聖籠町の教育委員会の高口先生、本学の情報学部の堀田先生、それから静岡県立榛原高校の西川先生、三人の方にそれぞれ事例の報告をして頂くということで進めさせて頂いただきます。
 さらに後半のパネルディスカッションは、常葉大学の内田先生にコーディネーターをお願いし、また全国の受信会場、福島、茨城、筑波、京都教育、大阪教育、宮崎大学のご協力の下にこれを進めさせて頂きます。どうぞ活発な意見を後半の方には頂きたいと思います。今後のこともありまして、会場の参加者のみなさん、もちろん全国のSCS受信会場のみなさんからもご意見を頂戴したいと思います。簡単でございますけれど、私の挨拶に代えさせて頂きます。どうもありがとうございました。

阿部:
 早速ですけれども、第一の報告者の方、本学情報社会学科、教育情報システム研究室の堀田龍也助教授から「ターミナルとしての学校の可能性」というテーマでご報告頂きます。先生は、現在東京大学の社会情報研究所の客員助教授もなさっておりますし、現在NHKのインターネット関連のいろいろな番組、あるいは総合的な学習の時間に向けた番組制作アドバイザーなどもやっておられます。では先生よろしくお願いいたします。


ターミナルとしての学校の可能性


静岡大学情報学部助教授   堀田龍也


 皆さんこんにちは。私、静岡大学情報学部の堀田と申します。今日はこういう演題を頂きまして、ちょっと設定の関係で、皆さんと同じ会場ではなくて裏のスペースに入りまして、お話させて頂いていますが、「ターミナルとしての学校の可能性」ということで、お話をします。僕の後にお二人の先生が、かなり具体的な実践の取り組みの話をして頂くことになっています。ちょっと僕だけ立場が少し違いますので、自分の自己紹介を兼ねてですね、今日お話したい立場を最初にご説明しようと思います。
 僕は小学校の教員から、大学に移りまして、教員養成と、あと今情報学部というところにいます。情報学部では、情報社会学科と言って、情報化が進んだ時に、社会がどう変わっていくか、そういうことを研究するところにいます。私は教育の専門ですので、学校教育あるいは生涯学習ですね、そういう部分が情報化によってどういう影響を受けるか、っていう風なことについて研究しています。そういう立場からですので、私の話は、これから情報化が進んでいった時に、学校が、あるいは教育がどういう風になっていけばいいのかっていうことについて、ご説明をする。それにターミナルとしての学校というのがどういう風に絡んでくるかというようなお話をさせて頂こうと思います。
 時間の関係がありますので、お話の内容は二つです。一つはまず情報社会に向かって、ちょうど教育課程も変わる時期ですので、そういう時に学校はどういう風になっていくのかというようなこと。もう一つは、学校がターミナルになる。そのターミナルっていうのは「最後の」とか「終着駅」とかそういう意味ではなくてですね、「中心になる」というそういう意味で、使われている言葉だと思いますが、そのターミナルになるっていう時に、学校に備わるべき要件のようなことを、情報化をキーにお話したいと思っています。  情報社会の学校ということで、書きましたが、情報社会あるいは国際社会ですね、あるいは少子高齢社会とか、様々な動きを受けて、学校教育もそれに関わるようにして、教育課程が今度の四月からこういう風に変わります。たくさんの注目を集めているのが、この総合的な学習の時間、という時間ができることです。これは小学校の学習指導要領に載っている表ですけれど、小学校においては、例えば高学年で申し上げますと、国語や算数の次に、この総合的な学習の時間という時間が、多く時数配分されているということになります。まあ、ここでは今までの学力とは違った新しい学力を期待していることになるわけです。これまで移行措置の間に、各学校ともこの総合的な学習の時間に取り組んできたわけですが、まあ総合的な学習の時間でいろいろな体験をさせるんだけども、どうもそれが這い回ってしまう。一方で学力保証のような流れもありますので、いったいこういう時間でどういう体験をさせて、それによって子どもたちにどういう力をつけていけばいいのかっていうことが、昨今の話題ということになります。実は総合的な学習の時間というのは、その時間のことだけを考えてしまっているようでは、やっぱりちょっと狭い感じがします。今年の四月から変わります、教育課程全体がですね、どういう枠組みになっているかっていうことを考えた時に、総合的な学習の時間の位置というのが、はっきりしてくると思います。それはすなわち学校が完全五日制になる関係、いわゆる知識項目が三割ほど厳選されるという関係。一方で知識を持っているだけではなくて、その知識を生きて使うっていうことですね。生きて働く力というような言葉がありますように、知識を使う知識っていうようなものを、ちゃんと持っているっていうようなことが大切になります。それは多分体験的な場面の中でしか育成できないだろうって言われています。で、さらには今日的な課題っていうのがたくさんあります。そういう状況の中で、総合的な学習が導入されているわけですが、この時間は各学校の実態に応じて、対応するっていうことになっていますので、この今日的な課題を見据えつつ、教科で育成した力をどう発揮させるかということを考えつつ、各学校の実態に応じて、各学校が教育内容を決めるという、一種の教育内容の規制緩和といったような部分があります。さらに求められているのは、外部人材の活用というキーワードでありますが、本物学習、本物体験ですね。先生がにわか仕込みで学んでくることを子どもたちに教える。それだけではなくて、本当に現実の中で一生懸命働いている方々の試み方、考え方、生き方を子どもたちにダイレクトに届けていくっていうこと。まぁそういうような形の学習ですね。そういうカリキュラムが個性化されて、各学校でいろいろ動いて、それが学校の個性化になり、長期的には、学校選択になっていく。そういう構造があります。こういう中で、情報教育というのも、動いているわけですが。
 (映像)これは学校の図書室の例ですけれども、小学校です。図書室には図書だけでなく、最近こういうCD-ROMだとかですかね、インターネットにつながった端末があります。それは「図書」室なんだけれども、そこでは、その図書だけではなく、様々な形で保管されている情報を、どうやって参照して自分の問題解決に役に立てていくか、そういう力の育成なんかを考えた時に、何もそれは本がしまってある部屋っていう風に限定して考える必要はないと。一方で、様々なリソースに子どもたちに触れさせる方がいいだろうっていう形で、こういう図書室がでてきています。その他にこれは例えば、ある水族館のイルカの写真ですけれど、こういうものがデジタル化されて、インターネット上にたくさんあるんですね。こういうコンテンツと言いますけれど、こういうデジタルのコンテンツを、全国津々浦々から専門情報としてもらえる。例えばイルカの写真が欲しいと言ってもなかなかないわけですね。これはイルカの歯の形がわかるように撮ってある写真でして、これはつまり理科で言うと、体の仕組みの学習、そういうのに使えるような画像。単なるイルカを景色としてのイルカではないということです。そういう専門家のシャッターチャンスを、ちゃんと使ったそういうコンテンツ。この他にイルカの歯の仕組みのような説明であるとか、ガイドであるとか、そういうようなものがどんどん提供されていまして、ちょっと一個とばしますが。例えば、この水族館では、福岡にあるマリンワールドという水族館ですが、実際にテレビ会議で、子どもたち学校とマリンワールドを結びまして、専門家が「魚の種類っていろいろがあるけれど、こうなっているんだよ」とかですね、あるいは「育てていく上では、こういうところが注意だよ」というようなことを専門家がダイレクトに教えてくれる、ということです。
 これはあの、畑作りとかですね、公園や町の緑を作っている、そういうのに取り組んでいる子どもたちに、公園緑地課の方が、区画整備とか育て方とか、そういうようなことを教えているシーンですけれど、これはまさに子どもたちが地域に関わり、地域の人材の方から、実際に学び取っている様子ですが、一方で先ほどのこの画像というのは、地域の方ではありません。地域に水族館があるとは限らないですね。だけどもそれは、ITの力を借りまして、遠くの外部人材を活用するというような、お手伝い頂いているというか、そういうような取り組みになるっていうような考え方ですね。これも情報化の成せるわざだと考えます。
 一方で例えば子どもたちがお祭りのことを調べて、それをお話にして誰かに聞いてもらおうという風に、地元のおじいちゃん、おばあちゃんたちに、比較的お時間のある方に学校に来て頂いて、子どもたちの様子を見守って頂くような、そういう取り組みはやっております。このおじいちゃん、おばあちゃんは、特にお祭りのプロとかですね、何か仕事でお祭りをやっているとか、そういうようなことじゃありませんので、専門家の関わりというわけではありませんが、様々な形で住民が学校教育に参画していく、そういう姿がこのところ多く見られるようになっています。
 これはですね、学校にインターネットを引いているPTAの人の写真なんですが、これはあの、たまたま保護者の方の中には、電気屋さんがいたりとか、あるいは通信業に取り組んでいる方がいらっしゃったりとかね、あるいは会社でコンピューター触っているお父さんがたくさんいるわけですね。そういうような方々に、ご協力頂いて、学校の教室までネットワークを張っていく。これはあの実際にこうやって手作りで、ネットワークをはっているという学校は、各地にたくさんありますし、インターネットが教室に来たということのインパクトよりも、むしろ学校教育にこうやってお父さんたちが参画するという、その行為自身に意味あるという風に思っております。
 こうやって 情報化が進み、社会が変わっていく中で、情報化が進むと学校にはいくつかの影響があると思います。今五つにまとめてみました。
 一つは情報化が進むということは、「情報公開が促進」される。これはうまくすれば学校の個性のアピールになり、一方でその情報を見ている側から見れば「その学校にうちの子を行かせたい」という学校選択のための判断情報、っていうようなことになります。  一方で次、二番目ですが、情報化が進むと、やはり「情報の多様性」という部分で、様々な価値観の方がいらっしゃいますので、そういう多様な情報が学校に入ってくる。そういう多様な情報をお持ちの方々に各学校として「私どもは、こういう風に教育しております」という形の対応っていうことを考えると、学校のポリシーみたいなものを、きちんと明確化せざるをえなくなる。さらには、子どもたちから見れば情報のリソースを先生だけではなくて、ダイレクトな、社会からダイレクトに情報を得る。それが多様な情報の流入というようなことになります。
 三つ目、「連携性」と書きましたけども、先ほどのマリンワールドの例のように、物理的距離を超えた外部人材との連携ということもできるわけですね。さらには地域人材の価値の見直しという形で。やっぱりITを使って、遠くの人材に、専門家に情報を得ることができるとしても、やっぱり近くにいる、この町を愛する方々に、協力をして頂こうということは、それはそれで価値があるということですけれど、地域の人に是非やってもらいたいことはこれだ、と一方で「このことは遠くてもいいから専門家の方にお聞きしたい」というような、そういう整備ですね。
 四番目は「教師の資質向上」ですが、教員だけの組織ではなくなりますので、そういう意味で情報社会の社会人としての教師の振る舞いっていうのが大事になってきます。  五番目、「組織改革としての学校のあり方」、IT社会ではどんな企業も迅速な意思決定ですとか、組織のフラット化とかそういうのが進んでいますけど、学校もそういう形に多少動いていくんじゃないかという風なことがあります。
 こういう背景を受けて、情報化によって、あるいは情報化だけが社会を変えているわけではありませんが、情報化によって学校にいろいろなインパクトを与えている。そういうインパクトの一つに学校ホームページというのがあります。
 各学校がホームページを持つべし、というのは、多くの教育委員会の施策になっています。例えば私どもの情報学部のある浜松市では全ての小中学校が、ホームページを持っています。内容はともかくですね、とりあえず情報の発信を始めている。だけども発信する側は、いったい誰に向けて発信しているのかなあ。見る方は、どこの学校でも同じようなページがあるけれど、学校のホームページはいったい何のために発信されていて、いったい何が載っていて、そしてそれは誰のためなのか。そういうようなところをキーワードとして、学校とターミナルという言葉について考えていくことになります。
 これはですね、浜松市立S小というどちらかというと小さい小学校ですね、たくさんある浜松の小学校のホームページの中で、割と元気にやっている、そういうページをちょっとみつけてきました。中身を少しだけご覧頂こうと思います。これはそのホームページですが、一番最初の所に「最終更新日1月10日」ってありますので、最近更新したという、「新規作成7月30日」ということですので、まだできて半年なんですね。ここに学校の住所、電話番号等が書いてありまして、「メールはこちら」とか「カウンタ」がついていますが、何人の人が見たかということで、まだ42人の人しか見ていない半年経つのにということです。つまりまだなかなか見て頂けない状況にある、ということになります。ここに書いてあるのがコンテンツということで、一つは「ご挨拶」なんですけれども、これは校長先生の「ご挨拶」ですね。この写真は多分学校で校長先生の写真をデジタルカメラで撮ってですね、それを加工したものだと思います。これは半年間変わっていません。「学校の概要」というところには、「沿革史」「校歌」「教育目標」「研修」というのがあります。「沿革史」というのはこういう情報ですね。この情報は、僕はS小学校の出身ではありませんので、ぱっと見ても、へぇーっと、じゃあ次に行こうかな、とそういう感じ。学校には学校要覧というのがあって、配られる仕組みになっているんですね。そこには沿革史っていうのは載っているんですね。ではこの沿革史は、何のために載っているのだろうかということが、ホームページのことをいろいろ考えさせられるきっかけになります。文書としては文書ファイルっていうのがありますので、ホームページにするのはそんなに難しくはありません。だけどこれをいったいどのくらいの視聴者が見ているのかって言った時に、この情報の情報としての価値はですね、いったいどのくらいなのかっていう話になってくるわけです。
 「校歌」が載っています。「教育目標」。この学校では学年発達段階として、こういう教育目標で取り組んでいます、という様子が書かれています。
 「研修」。これは先生方の研修、構想。こういう風な構想でやっていますという。割と理念的なことが多いですね。
 「学校行事」。こういう月の行事ですね。これは多分、「学年だより」のようなもので一番最初にお知らせされる内容なんで、保護者の方は多分、特に新しい情報ではないという風に思います。地域の方は「持久走大会が十二月にあるんだ」とか、「水泳大会が七月にある」ということは、「あぁそうか」と言うことかもしれませんが。
 「子どものページ」。「子どものページ」の一つに、ネットポスター委員会っていう委員会があるんですね。その委員会は、クイズを作ったり、何か紹介したりしています。例えば「クイズにチャレンジ」ということで、「S小には昔から住んでいるネズミがいるけども、何ていうネズミでしょう」みたいなそういうクイズを作っている。これ委員会の活動としてやっている。
 次「学年のページ」。これ、どこの学校にもこの「学年のページ」っていうのがありまして、一年生から六年生までずっとこう情報が出されています。この学校は、2年生だけが二学級で後は単級ですので、これが全てです。つまり全てのクラスの先生方がホームページを作っているということになります。これは逆に考えると、他のもうちょっと大規模の学校ではですね、先生がホームページを作るのがちょっとしんどいと、いうようなクラスがあると、このクラスは出ているけれど、このクラスは出ていないと、いうようなことが起きてくるわけです。一年生、二年生といろいろありますが、五年生ので言うと、こういう感じで、こういう学習をしているよって、例えば、運動会ではこんなこんなことをやったよとかですね。タマネギを植えようっていう活動は、こういう風にやったというようなことがあるわけです。これちょっとお気付きかもしれませんけど、写真が載っているとどういうことをやったのかな、というのが具体的によくわかりますが、これがみんな子どもの顔がわからないようにしてあると思うんです。これは個人情報との関係で、子どもの顔を出してはいけないというような教育委員会の指導で、こういう風になっています。まあ勢いその結果、後ろ姿ばっかりの写真になってですね、これは見ている側から見ると、なんかちょっと不自然さがやっぱりどうしても残ってしまう。これはあの浜松に限らず、全国各地でそういうことが起こっているところがあります。
 「持久走大会」も、これもこういう感じですね。あまりいろいろわからないようになっています。
 「保健室から」ということで保健室の養護教員の先生が、いろいろ書いていて、まぁ「委員会の活動」が載っている。
 ちょっと今ざっとお伝えしましたが、こういう風に大体学校ホームページというのは、今のような情報が載っているような状況です。ここでちょっと考えてみたいんですけれども、今これはある小学校のホームページですが、さっきのS小のページと一致しているわけではありません。例として、みなさんのレジュメにあるように、こういう情報が載っています。また多くの場合、学校の写真が載っています。これはあの初めてその学校に尋ねて行く人には、非常に重要な情報ですが、多分地域の人たちは学校を何度も見ているんですね、この写真は誰のために載っているのか。「沿革」。さっき言いました。「沿革」は誰のために載っているんだろうか。「校長先生の挨拶」。これは誰のために校長先生は挨拶しているのか。誰かわからない人に挨拶するのは難しいですね。結局こういうところをはっきりさせる必要性っていうのが出てくるってのが学校ホームページの意味の一つです。誰のために挨拶しなければいけないということが、決まっているわけではありません。その各学校、各学校がどういう方々向けに、どういう情報をサービスすべきなのかというのを、考えることを余儀なくされているのが、ホームページの一つのいい意味での効果だと僕は思っています。
 各学校のカリキュラムや校内研究、これについては、そこの学校がどういう教育目標の元にどういう風に教師の資質向上を図りながら、どういう授業を具体的に展開していくのかっていう、その学校のビジョンにあたるものになってくるわけです。一方でその次のクラスごとのページっていうのは、実際の活動の様子を表すことになります。子どもたちが活き活きと活動している様子を載せたい。一方で先ほどの個人情報のような問題が出てくる。この辺が痛し痒しというのが現実です。
 学習成果と書いてありますが、例えばですね「こんな俳句を作ったよ」みたいなページがあって、子どもたちが作った俳句が、まあ並んでいると。そういうようなページがあります。これはどういう効果があるかというと、子どもたちは普通俳句を作ったら、それを教室に貼って終わるんですけれども、違う方々にいろいろ見て頂けると。「太郎君の俳句はすごくいいですね。私も真似して作ってみました」みたいなメールが世界中からやってくる。そういう風な効果があります。
 二番目はそれがもうちょっとはっきりしたものですけれども。例えば浜松の風の強さを調べていくというそういう学習があったとしたらですね、そのことをホームページに載せることは、風の強い地域のことを学習しようと思っている全国の他の学校の役に立つんですね。地域のことを調べる活動が、自分たちのためだけではなくて、他の地域の役に立つ。それは例えば、雪の多い地区の人、「私たちの暮らし」のような、そういう学習が例えば九州の人から見れば、なかなか知り得ない情報だったりする。そういうようなことがあります。
 今度PTAや保護者の掲示板とか、情報がありまして、これは保護者の方は、むしろ学校の先生方よりも情報化に長けていたりしてですね。実際あった例としてはですね、保護者が自宅からホームページの内容を書き換えたい――そうすると保護者が自宅から、学校のページを書き換えられるような仕組みが必要になってきます。そうするとそれは、ややもすると学校関係者以外が学校のページを書き換えられるということが起きて、そうするとそれはセキュリティの問題としてはどうなのかということが問題として出てきます。
 このように子どもを守る、公立学校として責任を持ってやっていくというようなことと、学習上のリアリティみたいなもの。そういうもののせめぎ合いというのがあるように思います。しかしながら効果としては学校が、自分たちの持っている情報をどういう人向けにどういう風にサービスしていくのかっていうことを考える一つのきっかけになるということが言えます。
 このように情報公開の文脈でもう少しだけ考えていきたいんですが、今「学校の矛盾」とと書きましたけれど、インタビューとかに町で八百屋さんとかに聞きに行く時に、「ちゃんと名前を言ってから質問しましょう」っていう風に指導しています。子どもたちの名札には、かなり詳しい個人情報が書かれていて、それを付けて子どもたちは町を歩いていたり、落とし物をしたり、名札を落としたりするんですけれど。一方でインターネット上では、顔すら出さない。名字も出さない。それは危険だからっていうことだと言うんですが、本当にインターネットが危険で、リアルな世界は危険ではないのか。例えばこういう事例があります。子どもたちが、二校間で交流している学習で、「うちの近くの池にはザリガニがいる」「私たちの近くにもザリガニがいる」「今度ザリガニとったら比べましょう」。ホームぺージ上に、写真を載せていたんですね。そうすると、子どもたちがザリガニを右手で持って、ニッて笑っている写真を載せたい。だけども、それは個人情報になるんで、目の所にモザイクを施して、名前を、例えば僕の名前を借りて言うと、堀田龍也っていうんですけれど、「堀田龍也君のとったザリガニだよ」って書くと個人情報になるので「A君のザリガニ」と書いて、そうすると見ている側は、「A君のとったザリガニです」ってモザイクを入れた写真が出ているわけですね。リアリティとかですね、「僕がとったなんとか」っていうそういう学習のリアリティっていうのは、いったいどうなるのか、ということが出てきます。こういう今矛盾をはらんでいると。いずれこれはゆくゆくは、ちょうどいいバランスに多分解決されると僕は思いますけれども、現在では今こういうようなことが起こっているというようなことというようなことをお知らせしておきます。  先ほどから申しているように学校ホームページの可能性っていうのは、いったい何のために発信しているのか、誰に向けて発信するのか、あるいはそういう学校ホームページを作ることによって新しい学習としてどんな可能性が起こるのか。まあもちろんホームページだけで学習するわけではありませんので、ホームページをきっかけにテレビ会議をやったり、ホームページをきっかけに地域の人と交流していったり。あるいは学校に来てくれている人と頻繁に会えるわけではないので、学習の履歴をホームページに載せる。様々な活動がありますし、ホームページ単体で使うことはあまりありませんけれども、そうは言ってもそこにそれを載せるということが、いったい誰のため、何のためなのかっていうのを考え直すチャンだという風に思います。
 今日、「ターミナルとしての学校の可能性」というお話、原題をいただきました。僕の疑問は、学校がターミナルになるには、こういう例えばインフラのようなもの、あの学校が開かれていきますし、ちょっといろいろな事件とかがありますが、保護者の方にもご協力頂いていますし、地域の参加っていうのももっと奨励されると思います。ITが入ってくると、地域によらないで人材活用ができるという、そういう風な動きの中で問題になるのは、学校の中が、教師が、自分たちがある意味サービス業だっていう部分をちょっとこうもう少し強く認識してですね、私たちが今やっている活動が誰のためにどういう風に形になっているのか。それが、来て頂く方に対してどういうお役に立てるのかなと、そのようなことを学校が組織として、あるいは教師が考える。そういうことが今起こりつつある。これがうまくいけば、学校はいろいろな意味で変わるんじゃないかなと思います。保護者との行き違いっていうのとかですね、そういうことはなくなっていくと思います。
 僕が入っている、ある学校でですね、保護者が学校に入って来てわけのわからないことを言うと、嘆いている教頭先生がいましたね。これは保護者から見ても学校がわけがわからないように見えるんですね。お互い分かり合うような情報交換の方が今まであまりなかった。保護者側から見れば、垣根が高かったから、だから結局保護者の方もそうなのかもしれませんね。そういう意味で情報公開の場がインターネットにしても、そうじゃないものにしてもですね、たくさん出てきているというのが、これから学校がターミナルになる可能性を十分に持っているし、インフラとしては整備されてきているということ。申し上げたいのは、学校あるいは教師が意識し直しを、情報に対する意識し直しをして欲しい。それがうまくいけばですね、この後お話されるような事例のように成功していくようになるんじゃないかなという風に思います。時間になりましたので、私の話はこれで終わりにしたいと思います。ありがとうございました。

阿部:
 堀田先生、どうもありがとうございました。ご質問はパネルディスカッションの最初の方にまとめてお受けしたいと思いますので、ご報告の方を進めさせて頂きます。二番目の「地域がつくる学校・学校がつくる地域」という題目で、新潟県聖籠町教育委員会指導主事の高口和治先生にご報告を頂きます。
 先生は新潟市生まれで、早稲田大学教育学部を経て、新潟県公立中学校教員に採用され、新潟大学の付属中学校、バンコク日本人学校も教職を経験されています。現在は聖籠町教育委員会指導主事として、教科センター方式の学校運営のアドバイス、地域交流棟、後ほどご説明があると思いますけども、地域交流棟のアドバイス等を主に行っておられます。それでは先生よろしくお願いいたします。


地域がつくる学校・学校がつくる地域

新潟県聖籠町教育委員会指導主事
高口和治


 こんにちは。高口と言います。ビデオを使うのは実はわかっていたんですが、聖龍町に来た場合にはですね、いろいろなビデオを使って、それもあのNHKが撮ったのやら、民間の放送局が撮ったのやら、つなげて数名には見せたんですが、著作権法違反で特にこういうのでばぁっと流れてしまうと大変なことになりますので、今日は口だけでお話したいと思います。そういう意味で他の大学の方、大変申し訳ないんですが、なるべくわかりやすいと言いたいんですが、多分映像がないとわかりにくい話ですので、最初に謝っておきます。よろしくお願いします。ここの会場にいらっしゃる方にはパンフレットをお配りしていますが、パンフレットとレジュメと両方見て頂けると有り難いと思いますので、よろしくお願いします。  聖籠町というのは、新潟市の北隣にある町です。産業都市の指定を受け、その後ロシア、中国向けの港、それから今100社くらい工場ができています。それからさらに大きいのは、火力発電所、東北電力があるために、不交付団体になっている町です。新潟県の中では大変珍しく、人口が今も増加している所であります。ということは、子どもたちもたいして減らないという地域であります。あと10年経っても、14、5年ですかね、つまり今の産まれている子どもたちが中学校に上がってきても、今482人の中学生が400人くらいにしかならないという所でありますので、学校建築に関わっていろいろ計画しやすい所であります。
 静岡ですと多分教科センター方式と言われる学校は多分ないはずなんですが、その話は主ではないんで、簡単に言いますと、教科に見合った教室に子どもたちが移動して学習するという学校であります。今日は当然その話が中心ではありませんので、パンフレットの真ん中、ご覧頂けますか。「中学校統合までのあゆみ」という所であります。昭和30年の3月に、私39年生まれですので、全然わからないんですが、聖籠村といういわゆる田舎ですので、米作りの所です。のんびりしているわけですね。自然相手に、つまり待つようなタイプの人間がやっぱり育っています。今見ていてもそう思います。それから亀代村っていうのは、浜地域の人たちです。二百海里問題が出てくるまでは、彼らは中学校を卒業したらもう要するに漁師になるわけですね。漁師になった方が金になるわけですから、教育なんていらないという地域だったそうです。その二つの村が合併したもんですから、非常に地域性が合わないほど、生活様式が全く違う所でですね、それを二つの村にしたわけです。そうすると地域どうしが、それぞれやっぱり残したかったんですね。残したくて二つの中学校はそのままになりました。ところが、時代がやっぱり変わってきまして、「一つの中学校にしようや」、ただし普通の「しようや」というような他の地域の話を聞いていますと、どうも経済的な問題みたいですね。十個も学校があると金ばっかりかかってしょうがないとか、そういうことですが、我々の場合は、昨年今年成人式がいろいろ問題になっていますが、今、教育長は元々公民館の主事をしていました。私今44歳ですが、この年にはもう教育長になっているんですね。そういうお若い時から教育長をされているんですが、教育長の話ですと、もう成人式は、それこそ新成人が企画をして自分たちで全部取り仕切る形を大分前からやっていたんです。ところがですね、亀代地区の亀代中学校の卒業生が企画をすると、聖籠の子どもが来ないとか、逆もしかり。それから聖籠の地区の話を、地名を出すと亀代の子どもたちは、新発田市っていう地域が隣にあるんですが、「それは新発田だろう」っていう話になって、いくら多分やっても町が一つになり得ないんじゃないかというところが、中学校統合のきっかけなんです。ですから、きっかけは、まちづくりというところにあるんですね。
 学校がまちづくりって何か変な感じがするんですが、それをやっていかない限り多分聖籠としての一つのまとまりはなくなるだろうということを非常に懸念していたんですが、それは大分前からの話なんですけども、私、教育委員会にいると今まで教員ですので、あまりそういう政治の世界は首突っ込まないで済んでいたんですけれども、大変なんですね。と言うのは、「統合するぞ」と公約に言って出てくるとですね、全部今までの候補、落ちていたんですよ。で、今の町長、二期目なんですが、初めて「統合するぞ」と言って受かった町長。やっと統合に向けてスタートしたんです。それでこの「統合までのあゆみ」の所に、「平成8年5月」というのが具体的なやっと動きなんですが、ここにはですね、20名の建設推進委員というものが、選ばれたんですが、3名は大学の先生でした。いわゆる専門家と教育学と建築学の方々ですね。それから17名は、教育長が結果的に選んだって言ってましたけれど、いわゆる素人で、区長さんでもなければ、議員さんでもなく、もちろん教員でもありません。そういういわゆる素人集団の集まった人たちが、一年間の間に24回会合をして、三春町行ってみたり、山形行ってみたり、富山行ってみたり、いろいろ視察を繰り返していったんですね。そうしたら、どうも教科センター方式みたいなものがいい、当時は多分、教科教室って言っていたと思うんですが、そういう方式によって、子どもたちが自立もするし、いろいろなことを考え出すんじゃないかということで、結論を出してきました。その結論がですね、ここのページには出てなくて、ちょっと前に戻って頂けますか、前に戻って、「教育基本構想」と、右側に書いてありますが、ここの「教科センター方式を運営方針とする」とか「個性」「ゆとりある」とか「教育メディア」とか、それから今回の話ですと、「生涯学習施設としての機能をもち、地域に開かれた学校とする」という、このところが文言として出てきました。
 ただしここに、パンフレットにある赤いのは、私が来てから付け加えて実践に移したものです。大きなものはこの(1)から(5)です。ただしずうっと話、こう文章としては残っているんですが、生涯学習施設だと公民館ということになりますので、でも公民館はちゃんとあって、公民館としての機能も成り立っています。そこの違いを我々はやっぱり出していくべきだろうということで、いろいろ、地域住民とも先生方とも話していきました。先ほど言ったようにですね、去年まではこの4月じゃないですね、前回の4月で、これでほぼ一年たちますが、その時の当然公になっていますから、言ってもいいんですけれど、500人規模で、不登校が、30日以上欠席というのが、25人もいました。いわゆる5%、新潟県の平均は2.8%で、県としては、低い方なんですが、その中ではもうダントツで高い。それから暴力事件。これはあの地区の下越事務所って言うんですが、教育事務所からは、「県の指導主事を派遣しましょうか」って、実際派遣されてきて、いろいろやってもらったんですが、そういうような地区ですし、補導者も、いわゆる万引きとかそういうものの補導もですね、毎年二桁。二桁って30とか40の数字じゃないんですが、十何名なんですが、それくらいののがありました。
 今年度は、一人ですね、補導されたのが一人。そういうことを考えても、これがよくわからないのはですね、原因がわからないのは、こういう地域の方がいつもいるからか、それとも教科センター方式にしたのか、校舎をすごく広々作ったのか、これはちょっとよくわからないんです。原因はこれから、はっきりしろっていうことで、今日も実は文部科学省の方が、来ていたり、大学の先生が来ていたりして、いろいろ調べているんですけれども、何か原因はあるに決まっているんで、地区がさほど変わらないのに、子どもたちが随分様子が変わってきましたので、何かはある。
 で、また話を戻しますが、そういう建設推進委員会の所で一般の町民が本当に真剣に話し合ってきたんですね。それが、おそらく今につながっていると思いますけれど。で、平成9年10月の統合中学校建設委員会、これは、いわゆるどこの役場でもやっているような、議員さんも入っていたり、町民は、我々そのままの流れですから、入っています。それから学校の先生が入っていたり、地区の代表が入っていたりする具体的な委員会がここで始まりました。10年4月には、これは私なんですが、「指導主事招致」ということで、全部お膳立てが出てきて、「こういう学校を作るんだぞ」と文書を渡されて、「はい、作れ」と言われて私、来たわけです。かなりきつかったんですよ。教科センターなんてことも聞いたこともないですし、地域住民の方の学校作りなんてのも聞いたことなく、要するに学校というのは、この中にももしかすると教員の方がいるかもしれませんが、施設とやり方と全部与えられて、「この中でやりなさい」と言われるわけですよ。そういうことは一切ないわけで、地域住民と一緒に作ると言われても非常にこう話としてはわかるんですが、じゃあどうすんの?ということから始まりました。で、たまたま偶然平成10年8月に、これちょっと名前は今変わりまして、コミュニティ化なんとかっていう研究が文部省で進められていますが、このインテリジェント化に関する研究会に応募しまして、通りました。通った結果、これは複合施設としてのものということで、我々これに参加しましたので、自然な流れなんですね。
 で、平成11年1月には、レジュメの方は1番のイの所ですが、「統合中学校を育てる会」というものを作りました。これは教育長と私で、せっかく町民が参加していたのに、ここから学校と役場で作りましょうっていうのは、すごく違和感があったんです。違和感があったもんですから、作ろうって言っても、じゃあこれもまたですね、新潟県特有というか、非常に地主制が発達していまして、まさか地主はいないんですが、教育長の話ですと、未だにですね、元地主の所のご家族が亡くなったりすると、町民が、特におじいちゃんおばあちゃんですが、行って、庭先にですね、土下座をするようなこともあるんだそうです。今もってやっているわけですね。
 非常にこうタイムスリップした感じですが、でも多分日本全国そういう所は、いっぱい残っているはずで、そういう所っていうのはおそらく当然慣れ親しんでいるわけですから、何かモノを言う時にはちょっと偉い人に言う。今回の場合は役場です。自分たちが、立ち上がって何かやろうという経験ははっきり言ってないんです。ですからそれで、集まるかなと教育長と話していたんですが、「じゃあとにかく誰々さん、来て下さい」という言い方はしないで、私が3500世帯全戸配布で紙を配りまして、「こういうことをやりますから、来て下さい」と。で「こういうことをやった」という報告をまた一月に一回書きまして、「次回こんなことをやりますよ」ということでやっていきました。
 そうしたら30数名の方が、毎回来てくれるんですね。でもその30数名の方は、半分くらい違う人なんです。当然自分の用事があればそちらを優先しますのでね。そしたら、まあ最初から予想していたと言えば予想していたんですが、もう教育委員会に任せてもしょうがないから自分たちでやるぞと言い出したのが、この「せいろう共育ひろば みらいのたね」というものです。今会員70人くらいいますが、じゃあどういうこのつながりがあるかと言うと、職場のつながりもなくて、地域的なつながりもなくて、ただ学校を舞台にしていろいろな楽しみをしようと。楽しみをしようと言うのは、自分も楽しみだし、子どもたちもその結果楽しめればいいんじゃないのっていうくらいの会をやっています。かなり大きな力にはなっていると思いますが、「じゃあやるぞ」っていう、気負った感じでは今のところありませんので、私はかえってそういう方が長続きをするのではないかな、と思っています。私も教育長も校長も会員であります。だから、指導主事の先生だから何々をしてっていうことにはそこの会では出てこないわけですね。そういう意味では非常にいい感じの会であります。
 「これからも変わらないのは地域に住む人たち」とレジュメに書いておきました。どこの学校でもやると思うんですけれど、今自転車学校なんですが、「自転車の乗り方が悪い」っていって注意の電話がくるんですよ。ちょっと待てよと、その場で注意してくれればいいじゃないって思うんですが、それは学校側の理論・理屈で、地域の人の理論からすれば、学校が指導しないのが悪いんだと。それは変な話で、同じ子に向かって指導しているわけで、それは変なんですが、実際はそうです。
 で、新潟県はですね、一校当たりの勤務年数が3年から7年なんですね。つまり7年たてば全部変わるということになっています。校長先生、教頭先生はほぼ3年ですので、そのサイクルの中で、学校を作り上げるというのはかなり難しいんですよ。そういう時にはですね、教育長は自分の意識的には、学校っていうのは地域住民が作らなきゃだめだ、という風な意識です。ですからまさに地域住民が教育に携わっていかなきゃいけないと。教育に携わっていかなきゃいけないのは当たり前なんですが、彼らは今までそういうことはあまり意識せずに、常日頃動いているわけですね。で、現在、地域住民が地域交流棟を管理しているって言いますが、午前2人、午後2人、月曜から金曜日まで11人の方が、登録される方がですね、来てもらってます。
 で、他の大学の方はちょっと見えないかもしれませんが、あの一番後ろを見てもらえますか。一階と二階の所の平面図が出ていますが、一階の所のここからすると一番下、「地域交流棟」と書いてあります。そこに「町民ホームベース」と書いてありますが、町民ホームベースっていうのは、地域交流ラウンジに向かって、全面硝子張りになっている部屋です。ですから、子どもたちは給食を食べる「カフェテリア」っていう風にありますが、給食をここに食べに来るんですが、必ずこの前を通るんですね。そうすると地域のたまたま全部女性ですが、二人の方がいるのが見えるわけですよ。それからお昼休みを給食終わってから一時間とっていますから、ちょっと何か悩みを抱えている子とか、あと何かしたい子は、この町民ホームベースに入ってきて、女性の方、32、3歳から56歳までいますけども、保護者だけではないんですが、そういう方の所に入ってきていろいろ話をしていきます。絵手紙を描いたり、それからたまにはですね、「ボタン取れたんだけど、付けてよ」みたいな子も来ます。だからとにかくいろいろなことが行われてですね、計画的なこともやりますけれど、日常的にはそういうことです。
 最近は来ないですが、いわゆる学校には来るけども教室に入れない子どもたちもここに来ていろいろなことを話していってます。今はですね、昨日じゃないな、先週は何をしていたかと言うと、正月飾りをそろそろ取って節分の準備をしていました。それから100円ショップで買ってきた、鬼の棒とかああいうモノを用意して。学校の先生っていうのは、私もそうなんですが、特に中学校の先生、季節感がないんですよね。今私も始めてあそこにほとんどいますので、季節感があるという当たり前のことを、実は学校の中でわかってなかったということがわかったんです。それから今、雛祭りの準備もそろそろしようやっということで、子どもたちと一緒に人形直接作ればいい、という話をして。そうするとそこのお母さん方はですね、そういう情報を持っているかと言うと、「あそこの誰々さんが人形作れるよ」っていう話をしているんですよ。「じゃあその人に来てもらおう」という話になって、そうするとその人が多分来ると思いますが、来てですね、「じゃあ子どもたちと一緒にやろう」と。
 さっきの絵手紙も実はそうなんです。絵手紙も、地域住民の方が絵手紙をやる方がいて、自分たちのサークル活動を、たまたまこの町民ホームベースでやってくれるんですね。そうするとお昼休みに子どもたちがやっているのを見て「おばさんやっていい?」っていうような形で常日頃やっているわけです。ですからまあ、あまりこう肩肘張らないようなものもやっています。だからと言っていつも計画性がないわけではなくて、例えばイタリア祭なんて言うのをやりましたが、カフェテリアは500人入る所ですけれど、まちづくりの全国大会をここでたまたまやってくれたんですね。そうしたら新潟市の福祉施設の方が、じゃあイタリア祭をここでやろうということで、イタリア人も歌を歌いに来てくれたり。それから東京の国立からシェフが来てくれたり、そんなことをやって地域住民と一緒にやりました。
 それから後、60分の休みがあると言いましたが、梅を、こういう学校を作るといろいろな寄付がされるんですが、今ちょっとこの場面ではほとんどお断りしましたけども、梅が20本くらい来ました。そうすると5月か6月に梅がなるでしょうかね。私、生の梅なんか食べたことないんですが、地域の方がですね、「梅なっているけれども、梅干し作ろうよ」という話を校長先生の所に行ってぶらっとするわけです。そうすると校長も非常に柔らかい方なんで、「じゃあやりましょうよ。でも授業にするわけにいかないから、どうしようかね」なんて言ったら、60分の休みに生徒に募集かけてやろうよっていうことでやりました。そうしたら20名くらいの子どもが集まってきて、じゃあやろうっていうことで、これが6月から11月くらいまでの活動でしたね。所々やればいいわけですから、そうすると自然に、おばあちゃんくらいから中学生に梅干しの作り方を伝授されるわけです。そうするといわゆる若いお嫁さんたちはちょうど狭間に入っちゃうんですけれども。私もその梅干しうまそうでしたので、子どもたちに「頂戴よ」って言ったら、「やだ。やらない」とか言われて。物作っても捨てて帰るような子どもたちが、真剣に楽しんでやったところのものは、私が「くれ」と言っても「うち帰って食べる」って言うんですよ。まあそういうもんなんだろうなって気はしましたが。後でその人たちが、その梅干しを使っておにぎりを作った時には、もらいました。そんな普通の交流をするように今なっています。
 こんな交流棟なんですが、この前調べましたら、4月から12月までにですね、夜も含めて、実は6500人ももう使っているんですね。すごい数字です。私そんなにいっていると思わなかったんですが、あの夜は、開けた後閉めるのは、ボタンを押せば閉まるようになっています。鍵はいらないんですよ。自主管理っていう形にしています。で、心配はされていたんですが、例えばパソコンがこの学校に180台置いてありますので、そういう意味では、持って行かれるかなと思ったんですが、そういうこともなく、子どもたちが汚くしていても地域の方はきれいにして帰ってくれたりなんかしてですね、非常にいい感じ。それから何と言いますか、自分たちで管理しているっていう意識があるために、それと共に子どもと合わせて何かを考えていってくれるようにだんだんなってきています。あと、週5日制に関わっても今計画中なのは、未来のたねが、ここのカフェテリアとか地域交流棟を使って、土曜に開放しようということです。教育委員会がやるんじゃなくて自分たちがやるぞということで、計画中です。
 最後に話が中途半端になっているんですが、「聖籠中学校の視察者から考えること」っていうことで。日本海側になかなか来てくれる人もいないんですが、それでも4月からこの1月、今日までで、視察者2000人越えました。開校して2000人っていうのはかなり多いらしくて。教頭はすごく嫌がっていますね。校長は挨拶して、私に任せて、あと最後に質問を受けてますので、校長もまあかなり楽はしているわけですが。2000人の方と大分お話をしてますとですね、地域の方が学校の中にいるっていうことがなんかすごく不思議な感じらしいです。私は全然不思議じゃないんですよ。ここはずっとその流れで作ってきていますから、当たり前だろうと思っているんですが。
 で、この文部科学省の大きな流れからすると、そういう学校を作ろうとする話はなっているんですが、そこに当然役場とか教育委員会が絡んでくると、その施設と学校の間にシャッターを入れようとかっていう話にやっぱりなってくるんだそうですね。昼間はシャッターを閉めておこうなんて、そんなばかな話ないだろうと。私こんな話をすると、教育委員会の方は渋い顔をしてます。議員さんとか、そういう議員の方なんかは、シャッター取ろうよなんて話をしていますけれど、私が帰ってからどんなことになっているのか、私が知らないことですけれど。それだけでも地域の人と子どもたちが一緒にいる。今まで聖籠では、先ほど言ったように不良もいるんですよ。ですからコンビニで煙草買ったりとかですね、いろいろなことしているんですが、最近はそこの11人のお母さん方と地域の子どもたちが会うと挨拶をするようになってきました。さらに、煙草の話は私まだ聞いてませんけども、カップラーメンをそのコンビニの前で地べたに座りながら食べている様子はわかると思いますが、そういう格好で食べていると、その11人のお母さん方は「あんたたち何してるの。格好悪いから後ろに行って食べなさい」って言うと、そういう子どもたちも「はい」とか言って後ろに行って食べる。去年までそういう姿はないです。もしやったりすれば、後で何されるかわからないっていうことで、やらないですからね。今は少なくとも11人の方は、そういうことができるようになっています。
 それからあと地域というか視察者の方の中心的な関心は、教科センター方式というところにあります。これは今日の主目的ではないんですが、我々、英語と数学は完全に習熟度別にしていますし、国語、社会、理科に関しては興味関心別に分けています。で、学年の半分が一斉に、簡単に言うと3クラスが一斉に、そこに3人から5人の先生がいて授業します。ちょっとこの前国語を見てましたら、3人の先生で80何人を教えている場面だったんですが、興味関心別に分けましたので一つのクラスは6人、他のクラスは40人・40人でした。そういうのも我々の学校ではOK。ただし41越えたら、まあちょっと分けましょうという話はしてますけれど。教員が可能な限りはやろうっていうことで実際はしている最中です。そういうところにも地域の方が、ボランティアという意識ではないんですが、来て手伝ってくれたりします。
 いま私、手伝ってくれるという表現しましたが、校長は11月くらいから変わりました、言い方が。「サポーターのお母さん方」という言い方をしていたのが、今度は「パートナー」という言い方に変わりました。これはやっぱり、やっている内に意識が変わったんだなっていう気がしますし、私は、先ほどの町民が出してきた「地域に開かれた学校とする」と言いますが、最近校長先生と私が合わせて喋っているのは、「地域に開かれた」っていうのはあくまで学校側から見たことであって、地域からすれば「地域の中の学校だろう」と。当たり前の話がどうしていつ逆転したんだろうねっていう話をよくしています。でも言葉が変わると認識も変わる可能性もありますので、そういう風にしていこうよと、いろいろな所でそういうことで喋ったり書いたりして、少なくとも聖籠がそうなってくれれば、我々の責任も果たせますので、そういうことで今動いている最中です。ただしまだ1年も経っていませんので、いろいろな効果が出ても何が何だかよくわからないのが現実であります。どうもありがとうございました。

阿部:
 高口先生、どうもありがとうございました。それでは引き続きまして、静岡県立榛原高校定時制の西川徹先生からお話を頂きます。先生は静岡大学の理学部を卒業されて高校の先生になられ、現在は榛原高校の定時制にお勤めです。非常に珍しい、定時制高校を拠点にした学習支援ネットワークを、正式には昨年の四月からでしょうか、始められたんですけれども、その中心的な方でいらっしゃいます。「学習支援ネットワークはいなんの実践 〜地域センターとしての定時制高校」というテーマでお話を頂きます。よろしくお願いいたします。


学習支援ネットワークはいなんの実践
〜地域センターとしての定時制高校〜

静岡県立榛原高校定時制    西川 徹


 こんにちは。榛原高等学校定時制の西川と申します。榛原高校というところの定時制は教員が少なくて、私と教頭を含めて全員で7名です。全校生徒は45名足らずの小規模な学校ですので、まあ小規模とは言ってもいろんな生徒がいまして、最高58歳の会社の社長さんから職に就いていない生徒だとか、不登校を繰り返していた生徒だとか、本当にいろいろな生徒がいます。で、実は定時制には全日制とは違ったいろいろなところからお金が入ってきまして、一つには「暖かみある定時制教育推進事業」、これは僕ら「暖かみのお金」って言っているんですけれども、そんなものもありまして、いろいろな方にそのお金で、講演をしてもらう。以前も生涯学習で角替先生にお話頂いたんですけれども、このお金っていうのは使いにくいというか、報償費が5千円程度だとか、全生徒に対してのものですからクラス単位じゃなくて全校生徒に対しての講演会じゃなければいけないよだとか、そういった数々の制限がありました。で、しかも年間五回やらなきゃいけないって言うので、講師の依頼には担当者の方が講師選びで苦労していたということがありました。
 私自身、この担当になったのが二年前でして、担当になって講師を探すという際にどうしようかなと思ったんですけども、榛原町の地元の教育委員会に行けばなんとかなるかな、とそういう風に思いまして教育委員会に行きました。そこで担当の方に聞いたんですけれども、そうすると「小学校や中学校には、たくさん紹介できるんだけれどね。いくらでもいるんだけれど、高校ですか」ということで言葉が詰まるわけですね。定時制だっていうことで、「なかなか人材のリスト、こちら側に持ち合わせてないんだよな」っていうことで、「いろいろなことをやってくれる人はいるんだから、これをやりたいっていうことを決めてきてくれないと、ちょっと困るんだよね。まあ来てもらってもいるかいないかわかんないんだけれどね」と本当にあのすまなそうな感じで言われて帰って来たんですね。帰ってから教頭さんに「定時制に来てくれるボランティア探すのは大変ですよ」という風に愚痴をこぼしたんですけれども、教頭さん、そうすると「それなら定時制独自の組織を立ち上げてみようか」とそういう風に僕の方に逆に提案をしてきたんですよ。で、うまいこと言う先生でして「うまくいったら一々ね、こちら側から探す手間も省けるし、そういう試みは前例がないから、研究の奨励費もなんかもらえるかもしれないよ。"はごろも賞"っていうのもあってね」と持ちかけたんです。うまくそういうその話に乗っかっていいかなと思って、今に至っているんですけれども。今考えてみるとその教頭先生が県の教育研修所「あすなろ」ですか、そちらの方で10年くらいいて、いろいろなことをしてたっていうのが大きかったんですけれども。そんなことから定時制で人材のバンクというか、人材のリストを作ろうっていうところからスタートしました。
 で、以下はその教頭先生がいろいろな会で、喋ったことの資料を持って僕の方も最初は、どういったバックボーンがあるのかわからなかったんですが、それでそれを元にして設立の指針をまとめていったものがレジュメです。実はさっき堀田先生の方からも言われたと思うんですけれど、地域の人材の状況っていうのは大分変わってきている。学校側の方も教育改革っていうのが、流れの中で、総合的な学習の時間だとか地域学習だとか、そういう導入で人材が必要になってきているんで、地域に開かれた学校って言われるんですけれども、そんなところから学校側の事情も大分地域の人材活用という方向に向かっていたところです。
 同時に(2)ですが、地域社会の成熟もあるよと。生涯学習の考え方が浸透して、各種いろいろなサークルがNPOを含めて育っている。あとこれは阪神大震災以降非常に強いんじゃないかと思うんですが、社会貢献活動に対し、意欲的な人っていうのが増加してきている。こういういろいろな人々の生涯学習の考え方が蓄積していったり、サークルも含めた社会教育の必要性ということで、地域の様々な知恵が蓄積していてボランティアの考え方が広まってきていて、社会貢献活動への意欲が高まっているんじゃないか。こういう風に考えていって。じゃあ現実に人材活用の実状はどうなのかな、というところを、「あすなろ」に行った関係もあって、いろいろ非常勤のことも詳しかったもので、小中学校だと生活科のいろいろな人材活用があるんじゃないか、中学高校なんかでも講演とか技術指導、そんな形で実施している。でまあ義務教育っていうのはPTA活動がしっかりしているもんですから、それを基盤として広めて、地域の人材を生活科だとか総合学習等の授業に活用している。しかしこの場合には学校が考えた授業計画の中で、技術指導的な部分だけを依頼したり、逆に相手の方に一時間だけ預けてみる、という形が多い。また学校主導であるために、関わった人がいろいろな形で貢献できたのか実感しにくくて、主体的に地域に関わりを持つということが希薄になりがちだと。学校の方もまた注文をつけにくい、こういったことが実状じゃないかという風です。
 人材活用ですが、もたらす教育的な効果を考えてみると、これはあの理論では得られない、生きた授業を、そういうものを期待できるんじゃないか。で、様々な人と接するっていうことで、教員自身の視野が広がると。黒板とチョークだけで生徒に語るだけではなくて、いろいろな人と接することによって視野が広がるというところもあると思います。教員以外の大人を見ることで生徒自身も、生徒が人生を考える上での、その際の資料となる。教員もいろいろ提示してもらえる。また生徒の地域理解が深まって、アイデンティティ確立の助けとなるんじゃないか、こんなことで、教育的な効果がこういうことが期待できる。
 じゃあ何でボランティアなのかということですが、住民が学校にボランティアの場合は主体的に関われるのではないか。これは教育に対する地域の関心が高まって、学校の理解がより深まる。学校とボランティアより良い授業のあり方を研究することもできるわけです。社会貢献の実感を得ることもできる。そういったことで主体的に関われる。学校を核として様々なネットワークでですが、その辺は必要な人材を幅広い分野でタイムリーに確保できる。で、ボランティア同士が学校を核として交流する。その場で集まるわけですから。それでそれぞれの情報を交換したりして、新しくネットワークというか、その資質も向上してより良いものになっていくんじゃないかと。
 また新しい形での地域コミュニティの発展の可能性。学校を核として、そういったことまで考えられるんじゃないかと。で、学校と地域との間に横たわる垣根を超えてその橋渡しをする。これ行政がもちろん入ってきますけれど、こういう風なことで、一段とそういう学習支援の団体を設置すれば、地域の人材を広範囲に学校に、うちの学校に対しての人材を広範囲に確保して、うちの学校に対する理解を深めて、教育をサポートするように一生懸命頑張ってくれれば、いろいろなことに生涯学習を含めていろいろなところに発展が可能なんじゃないかと思います。地域の人が学校と一緒になって授業を考えたり、学校の教育方針とか授業方針に則って有効な方法を探す。そういう視点で授業を組み立てるもんですから、地域と学校の間に知恵の双方向の流れが生じて、それが開かれた学校ということにつながっていくんじゃないか。ネットワークを構成する諸団体が、結局学校を介して結びついていくということで、活動の幅もその諸団体自体も広がると同時に、今まで物理的な関係で成立していた地域意識が、ネットワークで、学校を中核として新しい結びつきになってくれるんじゃないかとそんなところがあって。
 定時制教育で行うには、なんか良いところあるのかなっていうとこなんですけれども、これは定時制っていう所は、さっきも言いましたけれど、各学年で1クラスしかないわけです。で、定数に満たないというところも多くて、ですから具体的に人数が少ないですから、非常に小回りが利くと。こうしようかって言った時に、ぱっと動けると。教員自体も少ないので。で、他にもアルバイトの比率が多くなってはいますけども、社会と全日制の学校と家庭との結びつきよりは、はるかに社会との結びつきが強いので、こういう地域の人たちと関わることの接点が多い。
 またこれ大事なんですけれども、生徒の活動時間が夜である。ですから現役の社会人、これの参加が容易です。実際に現役の社会人と、行政の人も含めてですけれど、運営委員会という形でやっているんですけれども、この時に参加をしている。あと(4)ですけれど、受験っていうのを意識する必要がそんなにはないと、そういうこともあって、社会の生きた知恵っていう、こういうのを教えるのが大事だということで定時制での教育ということになっています。
 それでスタートから現在に至るまで具体的なもの。最初に平成12年の5月から7月なんですけれども、これ周辺の市町村で趣旨の説明をして誰かなってくれるかなということで、候補者の推薦を依頼しています。直接、榛原町では担当者にお願いしていったりしたんですけれども。相良町って隣町があるんですけれども、そこの町長さんがたまたまうちの定時制の卒業生っていうこともあって、町長さんの方に直接協力をお願いしてきました。対応が榛原町と相良町ではえらいこう違いまして、相良町はもう、こういうことだとぱっと動いて早かったもんですから、生涯学習、相良町はすごい理解あるんだなって思いました。後で聞いたら、榛原町の方は生涯学習・・・・・・、行政っていうのは・・・・・・方が有効なんだな、こんな風なことを実感をしましたけれど。そういったことでスタートをしました。
 6月になって過去に講演をしてもらったことがある自然保護グループ、静岡県の海ではウミガメの保護がいろいろな所であるんです。そこで相良町で、ウミガメの保護活動をしているグループの代表の人にもこういったことがあるんだけれども、と参加を打診したわけですけども、「いいですよ」とそういったことですので、定時制のことを一回来てわかっているというのもありまして、快諾をしてもらった。
 7月には相良町長の方に、視察をして、生涯学習の担当者と話をもつことができまして、社会教育の実践の面から協力をできますよという旨の回答があって、後は生涯学習の内容の、こういうことをやっていますよと、こんな風な説明を受けました。
 9月になって第一回の最初に打診した人を集めて、どういう風な方向に行きましょうかということで、集めて行政でこういう人を推薦できますよとか。予め学校で探したメンバーも何人かはいたもんですから、そういう候補者の中から中心となってくれそうな人を集めてお願いをして、どうしようかという会を9月にやって、10月には町長とか相良町ですけども、学校に来校をして具体的にこういうことをしたいですというのを教頭の方から説明をしていきました。
 で、11月に第二回目のボランティアの会を開いて、それであの設立の準備で最初が肝心なもんですから、立ち上げをどういう風にしていこうかと、こんな授業をやりたいけれどもとか、こんな風にしたいけどとか、そんなことを含めて趣旨説明とか経過説明をして、なんとなく雰囲気的にもう行くしかないなというところで考え方をみんなでまとめていきました。
 12月、これはまた地元には「母親クラブ」っていうのがあって、そこの所でも、何か自分たちにできることがあるんじゃないか、ということで、クラブ活動で、文化活動があるもんですから、そこのところで文化クラブと連携を持って、そういった所でも生徒とコミュニケーションをとる、新しい接点になるということで、母親クラブとも連携をとっていきまして、12月に相良町の教育委員会に支援を依頼したと。度々首を突っ込んでいろいろな所でやると。
 1月にはまたこれも出てくれそうな人に連絡をして、設立準備会というか、模擬的ということで実際にこちらの方でインターネットの体験講習会みたいな形で人をよんで、具体的に会を設立するにはどうしましょうか、いう風な会を開いて、そういった中で、会長をどうしましょうかとか具体的に名前をどうしましょうかとかそんなことについて話し合いをしました。
 2月なんですけども、メンバー募集のパンフレットの方を作成してそれで行政を通じて広く集めていきました。「地域の智恵、あなたの支援で学校が変わる」とこれは教頭さんが、考えてくれてやりました。非常に取っかかりやすいから一緒にやってくれる人、誰かいませんかというところで、こういったものを置いてもらって、会員に。それまでは10名くらいだったものですから。なんとかもうちょっと増やしたいな、というところで、会員を募集するという形でこういうパンフレットを置いてもらっていきました。
 2月26日、月曜午後七時から、榛原高校で設立の会を開きますよ、と。この時には阿部先生にも講演して頂いて、開催したわけです。設立総会では、今まで話ししてきた内容を皆にこういった形で活動方針という形で、示しました。「地域の智恵を学校へ学校の知識を地域へ」環流させる橋渡しをする「学習ネットワークはいなん」をつくろうと。運営方針としては当面は「ネットワークの拡充拡大」、「地域の智恵を集約する活動」、及び「会員間の交流を深めて互いのに資質を高める活動に重点を置こうよ」と。会員自体は行政とか母親クラブとか在職者、含めて40名ほどが集まってできています。運営委員会については二ヶ月に一遍は持とうというところです。あのこれには授業やったら授業参観、会員が講演をすることもあれば、授業することもあれば、そういった形でその授業をしたらその反省だとか、いろいろな新しい話題提供とか次回の構想、そんな形で今日に至りました。
 ちょっと飛びましたけども、今年については4月と6月と9月と11月に実施しています。1月についてはまた明後日実施する予定です。会員の授業参加ですけれども、公開授業でやろうと。いろいろなこういうこんな風なことで骨組みができたもんですから、さあ頑張ろうかと、そういってなったわけですけれども、年度が変わる時に人事異動ってありまして、それまで活動の中心っていうかブレインだった青野教頭先生が静岡西高の方に出ちゃったもんですから、やいやいということで、途方に暮れちゃったわけですけれども、また引き受けた手前頑張るしかないなということで、これから先が私が主体的に関わったところです。
 で、4月ですけれども、第一回目の運営委員会っていう形で行いました。授業の方は会員と私と物理の授業を行いました。僕の方は授業の進行をさせるわけですけれども、会員の方からは職場から持ち込んでもらった機械を使って、それについては事前に何度かメールでやり取りをしたり、学校に来てうち合わせをしたりとか、いろいろ最初大変だったんですけれど、生徒の方には好評でした。で、運営委員会、後で行った方では、公開授業についての研究、協議だとか教育課程の説明とか、これから授業に積極的に関わってもらうという都合もあって、年間指導計画の説明をしたりですとか、その次の授業でどういう授業をやるから、こういう参加をしてくれる人いませんかとか、誰か知りませんかとか、そういった形だとか、いろいろなことについて話し合いを持ちました。設立総会で、阿部先生が、「あなたたちがやろうとしていることは目新しいことで、素晴らしいことなんですよ」と言われたのがちょっと刺激になったらしくて、なんかこうブレインとなっていた先生がいなくなったんですけれども、自分たちで何とかやりましょう、なんか頑張りましょうとか、そんなムードに溢れてきました。
 で、後はその時の様子なんですけども、ちょっと人数は最初に40人で、少なくはなったんですけれども、あの積極的にここに出ている人が、参加をして、いろいろな意見を出してくれました。授業の方自体についても、生徒の方でいろいろなアンケートをとって、こちら側でやったことを相手に返して、反応を「こういうことでした」って返すっていうのも大事な作業ですから、それについても、生徒がこういう形こんな形で生徒にアンケートをとって、それを講師の人に次回に返していくわけですけれども、なかなか生徒には好評でした。いつもより良かったという意見が多かったです。
 授業の感想は最初の物理も含めて、全部で隔月で運営委員会をやるんですけれど、授業自体はそういうことがないもんですから、やった中で「良かった」もしくは「まあまあだった」とかいうものがほとんどでした。ですから生徒の方で、こういうのをやると何だとかそういったことではなくて、むしろやってもらった方が有り難いな、普段先生の授業がいかに面白くないかという裏返しかな、と思うとちょっと反省することもありますけれども、そんな風に生徒の方の反応は非常に良かったです。
 それで、あとは6月に公開の講演会だとか、第二回目の運営委員会があります。で、あの運営委員会なんかではこちら側で、来年度も含めてこういった授業をやりたいとか、こういうことをしたいとか、そういう風な問いかけをするわけですけれども、まあその場でこういう人がいるとか、いろいろな人がいるよとそんな風な紹介がなされています。そういった時に、決まった時に、会う回数が2ヶ月に一遍しかないもんですから、なるべく具体的にじゃあこの次こういうことをしましょうとか、そんな形で話をしています。国語の読み聞かせを途中で入れたりとか、美術をやったりとか、運営委員会自体は非常に柔軟なかたちでやってきて、会員の人といろいろなことをやってきたということです。
 最後になりますけれども、今後どうしていくかっていうことなんですけれども、ちょっと流れで榛原と相良に限っちゃったもんですから、隣には吉田っていう所もあるもんですから、そっちの方も含めて構成員を広げたいと。パンフレットはもう作成はしてあるんですけれど、ちょうど明後日運営委員会があるもんですから、そこに来てもらってそういうアドバイスがあればそれを引っ張ってからという予定です。資金の面については「はごろも賞」っていうのがもらえたもんですから、通信費については不安はないんですけれど、そういうお金もいつかはなくなるわけですから、こういった形で特に通信費とかこうやりますよっていうのは連絡・多少不安はありますけれど。
 あとは課題ってわけじゃないんですけれど、全体に対する講演だと、定時制だと四年後じゃないと生徒は二度聞くことになっちゃうっていうことで、授業だったら毎年できるし、毎年やるから回転するこういうことがあるもんですから、この設定科目の裏側で社会だとか榛南地域の総合的な学習の時間を毎年あるもんですから、より良いものをお互いに作っていける、そういうことで話をしました。後、私的には今事務局を学校においてきていますが、話をしたりするのも好きだけれど、こういう会を、事務局を動かすのも好きっていう人いてもいいんじゃないかなと思って、そういう人が出てきてくれれば運営をそういう人に携わってもらいたいなとそういう風に思っています。それは次回にします。以上で終わります。

阿部:
 どうもありがとうございました。それではパネルディスカッションに移ります前に、若干の準備がございますので、若干の休憩を頂きたいと思います。再開後のディスカッションの方で、他の受信局の方からも発言要求ボタンを押されて、ご質問を頂ければと思います。よろしくお願いいたします。


パネルディスカッション

コーディネーター    常葉学園大学教育学部教授  内田忠平


阿部:
 改めて状況の方を聞いてみましたら、おそらく今の状況は、静岡大学から映像と音声は各受信局の方に届いていて、ただ、もう一つのカメラの方、今筑波大学さんの方から「回線未接続」っていう映像が凍って静大からは見えているんですけれど、そちらの方がうまくいっていない。千葉の辺りの大気が不安定で、制御信号が衛星に伝わらなくて、切り替えようとするとだめだということで。そういうわけで、パネルディスカッションの時間になりましたけれど、ひょっとすると発言要求ボタンを押しても、反応しないっていうことになるかもしれませんけれども、その点ちょっと汲み頂きまして、よろしくお願いいたします。
 それではパネルディスカッションを始めさせて頂きます。コーディネーターを常葉学園大学教育学部の内田忠平先生にお願いいたしました。先生は佐賀県生まれで、佐賀大学を卒業されまして、国立オリンピック記念青少年総合教育センター主幹、沖縄青年の家所長、文部省生涯学習局社会教育課、国立中央青年の家所長などを歴任されまして、金沢大学教育開放センター主任教授をされていました。それから昨年金沢大学から常葉学園大学教育学部の教授になられました。昨月も、当センター主催の生涯学習指導者研修で基調講演を頂きました。それでは先生のコーディネートでパネルディスカッションを始めさせて頂きます。よろしくお願いいたします。

内田:
 どうもこんにちは。雨を吹き飛ばしてしまいましょう。雨なんて気にすることないですよね。今日は、たくさんの土産をみなさんお持ち帰り頂けるんじゃないかと思います。やっぱり各大学の方々も、「出会い」というお土産がある。六つの大学が一緒になるということは、本当に幸せなことだと思います。その六つの大学のみなさんが一緒になってですね、「出会い」というお土産。それから「語らい」というお土産。ホットなニュース、新しいニュースをお三人の方からお聞きになったと思いますね。それから、「よしそれじゃ俺もやってみるか」とそういう気持ちが起これば、この会は大変成功だったと思います。私はある意味では、お話を聞きながら、やっぱり我々にとっては、千載一遇のチャンスじゃないかなという風に思っております。
 今回のテーマが「生涯学習とネットワーク」しかも「ターミナルとしての学校」という、いいタイミングで静岡大学がテーマをお作りになったと。そういう意味では千載一遇のチャンスじゃないかと。しかも先ほど来、三人の方々のご発表で、堀田先生の「ターミナルとしての学校の可能性」いうなかでですね、2002年からの学校の問題とか課題を論理的、抜本的に整理してもらいました。それから高口先生は、さすがに地域の実践例から「地域がつくる学校・学校がつくる地域」という実践を通して――特に私印象に残った言葉は「サポーターからパートナー」という言葉がですね、これは大変面白い――そういう実践例を頂きました。それから西川先生は、「学校支援ネットワークはいなんの実践 〜地域センターとしての定時制高校」という実践例を、地域づくりを通して核を広めましょうということをおっしゃられたと思います。
 まあある意味で私はそういうこの三人の方々のお話を聞きながらですね、本当によいチャンスが訪れたんじゃないだろうかと感じました。どうぞ一つそれぞれの六大学の方々もお聞きになっていろいろご質問あると思いますから、あるいは静岡大学のみなさんもそれぞれお聞きになって、この点もう少し聞きたかったと、よくわからなかったと、それぞれの立場から言って頂けたら有り難いと思います。
 今私たちは日本は世界の中で、一番長寿国になったんですね。で、そのお父さんお母さんが願うことは、やはり「この子どもは健康な子どもに育ってもらいたい」と「心が豊かに育ってもらいたい」と「賢い子に育ってもらいたい」と願いがあると思います。それなのに必ずしも思うようにならないものです。それでいいんだろうかという問題が、今回の「ターミナルとしての学校」という、いいタイミングのテーマだと思いますので、それぞれみなさんお聞きになって、お感じになった点がありましたら、どうぞ忌憚のないご意見を下さい。
 宮崎大学いかがでございますか。さっきから熱心に聞いておられましたけれど、どうぞお願いいたします。

宮崎大学・原:
 失礼いたします。宮崎大学の原と申します。私、都合がありまして、最初のお二人の先生のお話しかお聞きできず、西川先生には大変申し訳ありませんでした。はじめのお二人の先生方のお話を大変興味深く拝聴させて頂きました。特に私は、お二人目の高口先生の「地域がつくる学校・学校がつくる地域」というフレーズからも感じたことですが、学校と地域の双方がそれぞれのメリットを引き出すという、とてもよい実践を紹介をして頂いたと思っております。そこで、その中でまずどういうきっかけで、こういった学校の中に地域交流棟というものができていったのかについて教えて頂きたいと思います。たとえば、いま学校では余裕教室が増えてきてますが、そういった学校側の理由が一般的にはあると思うのですが、特にそちら新潟の聖籠町の場合は、どういったきっかけからこうした取り組みが生まれてきたのか、もう少し詳しくお聞かせ頂ければと思います。

高口:
 はい、お答えしたいと思います。ちょっと我々現場の教員といいますか、ちょっと認識違うと思うんですが、学校サイドは、あまり保護者、地域の人は入って欲しいと思っていないと思います。あまり見られたくないんじゃないかと実際思います。と言うのは、我々の中学校にその保護者というか地域の方が入ってきて、中学の保護者じゃないんですが小学校の保護者として、「教室にいつでも入って来てもいいですよ」と校長が言っていますので入ってきたんですね。そうしたら実際には、通る度に教室の所で、呼び止められているわけじゃないんですが、「今日はどうしました」「今日はどうしました」ずっと「今日はどうしました」ってずっと言われたそうです。「もう嫌になったから二度といかない」って言っていました。それだけ学校っていうのはやっぱり保護者であっても、外部という風に思っています。
 じゃあ我々の所がどうしてそうなったかと言うと、それは地域の、簡単に言えば圧力ですね。地域がとにかく学校の中に入っていくんだっていう前提でつくった関係で。余裕教室もあるというお話でしたが、余裕教室でつくった場合には、実は子どもたちがそこを通るかどうかっていうのがわからないですので、最初からなるべく計画、いわゆる建築家がそういう導線も考えながらつくらないと、現実はおそらく「使えない地域のいる人の場所」という風になると思います。そういうのでは我々はまちづくりということがありましたし、それから、県下でも不良で非常に有名でありまして、この20数年間、聖籠中学校、亀代中学校に転勤したいという希望を出した例がないんですよ。だからそれだけすごい学校を何とかしなきゃいけないっていう地域の方々の思いがこうさせました。
 でも現実じゃあ、先生方がどうかというと、先生方が、町民ホームベースに誰かしら毎日現れているかというと、校長、教頭、教務はだいたい毎日顔を出していますけれども、他の先生方は素通りする方がいます。それだけ忙しいっていえば、それまでですけれど、まあ入ってお茶飲むくらいしてもいいんじゃないかと、私なんかは思いますけれど、それくらいにやっぱり意識が、教員と地域は、かなりずれていますし、他の学校であれば、ずれっぱなしですから、それよりはまだいいかなっていう気がしますけれど、そういうちょっとお答えとは違うんですが、私たちの認識が違うからなんだと思っています。

内田:
 ありがとうございました。あの、西川先生と堀田先生も何かありますか。

堀田:
 ええと、ご質問にお答えする形とはちょっと違うんですけれども、僕あの高口先生の実践報告を伺っていてびっくりするようなことがあります。それは地域の人と学校が関わるようにする時に、「関わりましょう」「関わりましょう」って言うんじゃなくて、一緒にいるというか何気なく近くにいる場をつくるっていうやり方ですね。これは学校建築にも関わるので、そう簡単には実はできないんですけれど、やっぱり何か一緒にいれば、なんとなくこう、それが当たり前の風景になるっていうんですね、きっとそういうことなんだろうなと思いました。
 実は僕、海外とかに情報化の視察を見に行くことがあるんですけれど、例えばイギリスの学校に行くと、あるいはカナダなどでいろいろ驚くことがあります。まあ驚くというのは、コンピュータのことで驚くんじゃなくてですね、そこら辺に保護者の方がいることに驚くんですね。僕は小学校の教員だったんですけれども、保護者の方が学校にみえると、何か緊急のことがあったんじゃないかと。それであの「今日は何かありましたか」って聞いちゃうんですよね。それは一応サービス精神のつもりなんですけれど、結果的にそれが、距離を遠くしてしまっていたんだな、という風に。
 これから学校の形っていうのが変わるっていった時にですね、それをもって一番、それは校舎の形とかよりも教員のその心の形なのかもしれないですけれども、今までそれだけ遠かった距離をどうやって埋めていくかっていうのは、すごい難しいなぁと。その時に、こうやって何気なく近くにいるだとか、場を設定しているだとかは一つのいいやり方だなあと思いました。
 地域発で、学校に入ってくるんだってなっていった背景には、もしかして地域がもう関わらないといけないような状態まで、放っておけないような状態までなったのかな、という余計な勘ぐりもしているわけですけども、逆にうまくいっていれば、今別に変える必要はないみたいないう風に動いちゃうわけで、そうすると、実は溝は、そのままなのかもしれないな、と。むしろこういう形で、ぐっと近くなった事例っていうのは、非常にいろいろ大変だったんだろうけれど、きっとこれからの形なんじゃないかなと思いながら聞いていました。僕の感想になってすみません。以上です。

内田:
 どうもありがとうございました。西川先生は、何かありますでしょうね。

西川:
 パンフレットを見て、素晴らしい校舎で、この所に地域交流棟という所で、自由に出入りできると。僕らなんかの感覚だと、さっきの行政の心配じゃないですけれど、コンピューターが150台もあったら、うちの学校だったら持っていかれちまうんじゃないかな、なんて。悪い子がたくさんかつていたというんですが、地区としては非常にこうそういった土壌のない所なのかと思ったりもしましたけれども、まあよく循環するとうまく回っていくのかなと思いました。どうもありがとうございました。

内田:
 どうもありがとうございました。その教育イコール学校だというイメージがですね、あまりにも百数十年の間に、定着し過ぎたんじゃないかなっていうような感じを非常に私もいたします。この会場にご出席のみなさん、三人の先生方にお聞きしたいということ、ございますか。じゃあお願いいたします。

静岡大学・北山:
 教育学部で音楽教育学を担当しております北山と申します。あの今日お三方のお話伺いまして、どなたのお話も非常に興味深く聞かせて頂きました。傾向といたしましては、堀田先生が、インターネットワークの関係から、高口先生と西川先生は、学校と地域の関わりといったことで、お話頂いたと思うんですけれども、それぞれ共通していることは、学校とそこで学ぶ子ども、児童、生徒と社会という三者の問題じゃないかと思うんですよね。それで共通するところで、考えておりましたけれど、一つは聖籠中学校、非常に面白いなと思ったのは、日本の学校の形から一番違うのは、正門とか囲いとかもないんですね。これは昨今の学校での、不審者侵入、まあ大変な事件が大阪でもございましたけれど、ある一方でこういう日本的でない囲いのない学校もある。非常に興味深いと思いました。  同じようにですね、ネットワークでも同じことがいえると思うんですけど、例えば私あの大学のサーバーなんですけれど、自分のホームページを持っておりますけれど、音楽教育学と申しましても、実は一番人気があるのは、私サクソフォンをやっているもんですから、サクソフォンに関するページが、非常に人気があると申しますか、そんなに更新しているわけでもないんですが、一日50、60コンスタントにアクセスがあるんですね。それは、そういうことで情報を求めている人が、同じ人がそんなにリピートしているとは思えないんですけれど、毎日50、60あります。それを見た方から、メールをよく頂くんですけれども、子どもから、中学生から結構来るんですね。であの最初のうちはね、匿名で来るんですよ。私ちょっと嫌なもんですから、そういうのは。おじさんのなんて言うんですか、メル友のような感じで、子どものためにも良くないと思うもんですから、それで匿名のメールは無視します、という宣言をしました。もちろん大人の方はだいたい、ちゃんと自己紹介、名前、どこに住んでいるかぐらいみなさん書いて下さって、大体必ずこちらから答えたら、お礼のメールを頂いたりするんですけれど、子どもは言い放しっていうのが多くて、ちょっとこれはコミュニケーションの方法というのを、学校がもうちょっと考えた方がいいんじゃないかなと思いましたね。ちょっと最近はそういうこともありましてか、きちっと自己紹介して、名前を名乗る、中学生でも高校生のでも増えてきましたけれど。その辺のことで地域と社会ということの典型的なものが、そういうインターネットを介して現れているんじゃないかと思います。そういう匿名性、あるいはセキュリティといった部分のバランスで、堀田先生、あのそういうところでよく知ってらっしゃると思うんですが、これからのことについてまだお話頂いてなかったと思うんで、そういうことに対して、堀田先生からお話をもうちょっと詳しく伺えればと思います。よろしくお願いします。

内田:
 じゃあ堀田先生お願いします。

堀田:
 はい、ありがとうございます。今の話はですね、本当によくある話なんですね。あのこれはインターネットを今例に出して頂きましたけれども、例えば子どもたちが地域に出掛けていって、何か例えば八百屋さんのことをいろいろ聞くとか、探すとかいろいろするのにも、急に店に入って、「こんにちは。僕これについて調べているんですけれど、教えて下さい」で、君はいったいどこの小学校の何年生で、どこまで調べて、どういうわけでここに来たのかみたいな説明をせずにやったりですとか、あとそうっとデジタルカメラでそうっと写真だけ撮ってそうっと帰って来るとかっていうようなことですね。そういうなんかこう、子どもたちが社会に出る時に、社会生活上必要なことを学校が教えきれていないまま社会に出してしまっているんではないかということが大きな問題ではないかと思います。
 これも移行措置が二年間っていうことで、大分変わってきたと思うんです。例えば情報でいうと、電子メールの操作を子どもたちに教えていた段階から、電子メールのマナーを教えるというように教育の姿勢というか、学校側の姿勢っていうのはまだ不十分なところもありますけれど、大分変わってきた。
 で、先生方が一番恐れているのは、例えば子どもたちがインターネットで、わいせつな画像を見ちゃうんじゃないか、とか、子どもたちがインターネットで、なんか怖い人に出会っちゃうんではないかとかですね。そういうようなことを恐れるあまり、だからうちの学校ではインターネット禁止みたいな、ものすごく大きな柵で、やってしまうんですけれどね。これはあのもしかしたらですね、よく喩えるんですけれど、学校に通学する途中で、怪我をするっていうことがある。これは危ないから通学を禁止って言うかっていったら言わないですね。世の中必ずそういう危険なことはあって、だからこそ安全教育っていうのが、情報社会にも情報社会の仕組みをちゃんと知って、危険を知って、安全にやっていくにはどうすればいいかっていう教育を、きちんとやっていこうと。いろいろな形で今、情報教育の世界でもいわゆる情報モラルとか、情報社会の仕組み、自分が期せずして人に迷惑を掛けてしまうことがあるよ、というようなことを今一生懸命、教育内容を重点化している方向に、先進的な実践になっています。これについてはだから、先生ご指摘の通り怒ってくれる市民がちゃんといてくれたということで、先生方が気付いて学校側が、これもちょっとその社会と接触があったからこそ出てきた、望ましい方向じゃないかと思います。
 セキュリティについてはですね、むしろ教育委員会レベルで、不適切な情報とか学校の端末からは見れないように、フィルタリングしているという例があると思うんです。そういう形で、いわゆるインフラとして、ちょうど道路にガードレールを作るように、そういうインフラとして整備しているというような形があります。で、これも今混乱期ですが、まもなくむしろ安全で望ましい環境の中で社会の人と出会って、そしてマナーやそういう躾の部分ですね、正しいコミュニケーションの仕方を学んでいく、そういう土壌が整いつつあるということです。以上です。

内田:
 北山さん先生よろしいですか。

静岡大学・北山:
 ありがとうございます。それとあの、先ほど僕は匿名性ですとか、もう一つ考えられるのはですね、情報のオーセンティック。つまり私と同じようなページをやっている、趣味ですとか、好きですとか、善意でやっている方、たくさんいらっしゃいますが、情報に誤ったものが、かなり流れているんですよね。で、子どもたちはそういう情報の氾濫する中で、全てが正しいと思ってしまったら大変なことになるわけで、学校が開放されるっていうことはですね、これインターネットではなくて、生身の学校でありましても、そのボランティアの方に外から情報がもたらされるわけですから、情報の誠意といいますか、正確さ、これはやはりそのための訓練あるいは知識を、職業に違って、先生方と違うものがあると思うんですね。そういう意味で、情報の誠実さ、正真さと言うんですか。そういうものに対しての学校としてやるということで、堀田先生、インターネットだけではなくて、これは学校全体としてのご意見を伺えればな、と思います。

堀田:
 オーセンティックな体験っていうのは子どもにとって非常に重要だと思うんですが、「真正な」って訳すんですかね。本当に正しいと、つまり非常にリアリティのある本当の現実の中で、どうするかっていうことがあるんですけれども、例えばホームページを子どもたちが見て、わりとこれは教員もそうなんですけれど、ホームページに載っていると、正しいと思い込んじゃう、とかですね。最近、あのテレビでも時には間違うことがあるとか、あるいは編集、ちゃんとされているんだよということを、積極的に教えていこうという、情報を読み取る教育っていうのが、メディアリテラシーっていう言葉で注目を浴びています。
 それはすなわち僕らが手にする情報は、必ずしも正しいとは限らないっていうようなことがですね。それは社会の構造からいってかつて放送局とか出版、本を書く人たちに限られていた、情報発信者が、みんながホームページが持てるようになって、その結果、発信する側がもちろん一生懸命であっても正しいとは限らない、と。その人なりに一生懸命発信していても、正しいとは限らないということが起こってきていると。そういう情報を見抜く目を見る、受け取る側にちゃんと育成しようというのは、教育内容として重点化されるところ。情報教育においては、多分ここから数年の大事な教育課題と先生もおっしゃったけれど。
 その一方でただ、子どもたちは、じゃあこれ教員もですけれど、インターネットに出ているものは、本当か嘘かわからないから、体験しましょう、と。体験したことは全部本当だよ、みたいな受け止め方をしているのもまた事実ですね。そういう意味では、さっき僕は外部人材って、水族館を例にお話しましたけれど、本当に正確な情報を持っている人もいれば、例えば地域で興味を持って頑張っている人もいる。いろいろな形の、そのオーセンティックな情報をいろいろ見ていくというのでしょうかね。いろいろな形で、趣味の人も、あるいは仕事としてやっている人も、出会わせていくっていうことが、授業する側の機会の保証というんですかね、そういうことが大事なのかなっていう風に思います。教員側も、まあ忙しいですし、そんなに授業時間もありませんので、「もうあの人と出会って、話したからそれで終わり」みたいな感じで、意外とモノトーンな情報で満足してしまって、本当は多様性っていうのを総合的な学習の時間なんかでは、保ってあげなければいけないのかな、なんて思います。以上です。

内田:
 どうもありがとうございました。真に迫った新しい、今後の問題点が出てきました。たまたま今日は、教育委員会の社会教育課の方もお見えになっております。お二人お見えになっていますが、何かお尋ねになりたい点、ありますでしょうか。

静岡教育委員会・加藤:
   静岡県の教育委員会社会教育課の加藤と申します。今日はありがとうございました。質問を二つ伺って、それから感想を述べたいと思います。まず一点目に、今ちょうどお話があった情報化の中の学校ということで、堀田先生あの、学校のホームページは、誰に対して何を公開するのか、何を伝えるのかっていうお話がありましたけれど、その堀田先生のお考えをちょっとお聞かせ頂きたいな、というのが一つ。で、それについては、学校がホームページを作るということ、学校が情報発信の基地になるということと、それからIT関係を子どもの学習に活かすということと、ちょっと別の意味があると思うんですね。その場合に、子どもが例えばパソコンを使って外に発信したいって言った場合に、子どもが発信する情報っていうものと、それから学校が個別に持つ、例として挙げられましたけども、いろいろな教育目標であるとか、ちょっと意味が違うかなという感じがいたしました。そういう時に例えば子どもが発信する情報であった時に、さっきの話ですが匿名性が、これがやっとったら学習になるのかなっていうようなことですね。ですから今ちょうどそのところが、変わらないと、これから先難しい時代になってきているな、ということ。今までは、どんどん発信していった時代だったと思うんですね。今日の話の方は、セーブしているっていうことになりましたけども、非常に将来性っていうのは難しい問題だと思います。是非お答え頂きたいなと。
 それから高口先生ありがとうございました。是非教頭先生がお嫌でも見に行きたいなという風に思いましたが、私がちょっと一点だけお聞かせ頂きたいんですが、パンフレットの中に、地域交流棟の所に、「学校を「町」にしようという考えです」というコメントがあります。「学校を「町」にしよう」。で、その時に、先ほど6500人もう、ここを地域の方が使っていると、イメージがもう一つ湧かなかったんです。6500人がここで、使用しているっていう活動の様子というか実態っていうのを、一見私どもが承知している、例えばバレーで体育館使うだとかっていう、地域の方がですよ。それとか、何かパソコン教室をやるとか、そういうようなイメージで正しいのかどうか、もうちょっと別のいわゆる「学校を「町」にしよう」というそういうイメージの具体的な姿をちょっと教えて頂ければという風に思いました。是非機会があったら、お邪魔をしたいな、と思います。ありがとうございました。

堀田:
 はい、ありがとうございました。ええと今のホームページは誰のためにっていうのは、僕の今回の主張はですね、それは明言を避けたんですね。そういうことを考える羽目になること自体がいいことだという風な趣旨でお話をしました。ここから先は僕の個人的な見解ですけれども、個人的にはですね、やっぱりターゲット・セギュメンテーションっていいますけれど、見るひとをある程度セギュメンテーションする。つまりこういう人にはこういう情報、こういう人向けにはこういう情報と形も、あるいは公開内容も変わってくるだろう。
 例えば子どもたちの学習のためで言うと、やっぱり実名入りで写真入りでガンガンやった方が、例えばよその学校と交流するにしても、確実に学習成果が上がります。しかしそれを一般大衆に向けてやると、先ほどのような懸念があります。したがって、これは学校イントラルと言いますけれど、学校機関の"ed.jp"のドメインからはお互い見合えるけれど、そうでないドメインからは入ってこれないような形で教育用のネットワーク・インフラをまずしていくと、いうような事例が起こっています。
 これも実は問題があって、そこに例えば社会人としての僕が入ろうとしても、僕は"ac.jp"の所にいますので、入っていけないんですね。"ed.jp"じゃないから。今言っていることわかりますか。専門用語ですみません。そういうわけで、学校間でやるっていうことになると、今度は学校以外の人をどうするか、さっきの真正な教育活動からいくと、そういう人にも入ってきて頂きたいし、じゃあそういう人も許していくと、じゃあどういう形になるか、特定の人だけを許していくかっていう形で難しくなる。その辺の兼ね合いっていうのはまだ模索中っていったらいいでしょうか。これが子どもの学習活動としての情報発信ですね。
 もう一つは、地域や保護者に対して云々ということについては、僕はこれは大事な視点として日本の学校の多くは、公立学校であって、それは税金で作られていて、アカウンティヴィリティがある。今時企業でホームページを持っていない企業は多分信用すらないと思いますね。そういう風に考えてみると、各学校が税金で動いて、アカウンティヴィィティがある上で、いったい何を発信すべきなのかっていうことは、やっぱり組織として、社会の中の公組織としてどう考えるかっていうことがあると思うんですね。それは、僕は沿革が載っていることはいいと思うけれど、沿革よりもむしろ、市民が知りたいことっていうのがあって、それはそこの学校の教育活動の特徴であるとか、特に力点であるとか、あるいは子どもたちの現実、活動している様子、それから成果ですね、評価、学力向上であるとか、何かそういうような具体的な話をアカウンティヴィリティとしてフォローしていくべきではないかと。これは子どもの活動云々ではなくて、地域、市民あるいは日本国内に向けて、世界に向けてって言うとちょっと大袈裟ですけれど、そういうことをやればいいんじゃないかと考えます。以上です。

高口:
 はい。体育館の利用は、これは含めていません。IT講習会は含めましたら200人程度だそうです。聞いていますが、あとざっと挙げますと、少年団の合宿とか、24時間開けられるようにしていますので、そういうのも可能ですし、あと子ども会だとか、それからですね、先ほどイタリア祭のことなんかをお話しましたし、それから地域の踊りのグループが踊りをやるんですよ。それは中学生には直接関わりないんですが、小学校に行って実際に踊ったりとかしている人たちです。あと中学生、卒業した高校生のグループで、「ヤングボランティア」、「ヤンボラ」の会場になったりとか、先ほど言ったまちづくりの人たちの会場になったりだとか、昼間も含めてやっています。授業に邪魔になるようだとお断りしますけれど、それ以外であれば、カフェテリアっていう場所がいわゆる教室と離れていますので、そこで実際やったりとかっていうことですね。それから給食も食べられるようにしてあります。ですから地域の方が、ただし役所らしくてですね、給食センターに300円持って払いに行って、予約をすると。毎日来られると大変なんで、そういうことでやると。ちゃんと食べに来る人たちは、献立を見て「これがいい」って言って食べに来ますので、そういうことでも学校に来て子どもの様子を見ることがかなり、あまり肩肘張らないで自然にこうやっていることになると思います。

内田:
 どうもありがとうございました。それではですね、学生のみなさん。それから筑波の皆さん。今いらっしゃいましたね、筑波のみなさん、お二人いましたね。今の三人が話されましたけれど、是非何か質問その他ありましたらどうぞ。

篠崎:
 筑波大学の篠崎です。大変興味深くいろいろと聞かせて頂きました。質問の方は、特に今の所ありません。

内田:
 どうもありがとうございました。静岡大学の学生さん。

静岡大学・丸木優実:
 えっと私は、去年の夏休みの日に全国社会教育の聖籠中の方に行って来たんですけれど、実際に見て来てすごいいい建物だなって思って、今そのこれを作る段階から関わってた高口先生のお話を聞けてとても興味深い内容だったので、今日来て良かったなと思ってます。質問の方は特にないです。

内田:
 どうもありがとうございました。教育学部の唐木先生、何かございましたら。

静岡大学・唐木:
 教師っていうことについて質問させて頂きたいと思うんですが、私、学校教育で特に社会科教育が専門ですので、やはり学校という言葉がある以上教師っていうことについて質問したいんです。高口先生の発表を聞いてですね、多分どうして子どもがそういう風に変わったのかっていう原因として、私はおそらく教師の資質向上――これは堀田先生の言葉ですけれども、教師の資質向上あるいは教師の意識変革っていうのがきっと大きな要因だろうという風に思います。おそらく社会科の授業も前よりも面白くなっているだろうし、先生方の意識も、子どもに対する生徒に対する意識も変わってきて、それがおそらく一番大きな要因ではないだろうかという風に推測します。
 それと関連してですね、ご三人の先生方に質問したいんですが、私、最近総合的な学習の時間であるとかで、いろいろな学校にお邪魔する機会があります。そうすると、言葉は悪いんですが、校長先生が突っ走っているとかですね、教頭先生が突っ走っているとかですね、教務主任が突っ走っているとか、研修主任が突っ走っているという、一部の先生が強烈なリーダーシップを持っていっているんだけれど、なかなか他の先生方がついていけないとかそういうケースが多いかなとお見かけします。そう多くあるわけではございませんけれども。
 要するに、堀田先生には、やはりその教師の資質向上っていうことをおっしゃっていますので、地域と学校との関連を考える時にどんな能力がやっぱり必要なのかっていうのをもう少し詳しく聞きたいですし、高口先生の聖籠中のお話の中で、なかなか他の先生方の様子っていうのが見えてきませんでしたので、教頭、校長そして高口先生っていうのは出てきましたが、他の先生方がどんな風にやっているのかですね。で、あの西川先生の方では随分といろいろな先生方が出てきましたが、もう少し詳しくお聞きしたいなあという風に思います。それとどうやって先生方の意識が固まって、どんな風に協力していくのか。やはり教師というのは、学校のことを考えるとすごく大事なことですので、若干趣旨とずれるのかもしれませんけれどその点を少しお聞かせ頂けますでしょうか。

内田:
 教師の姿勢についての質問ですが、では西川先生から。

西川:
 私の学校は、教員数が全部で七人と少ないものですから、リーダーシップといえば、前の教頭さんが非常に「じゃあ頑張ろうか」っていうところで、僕らをくすぐるところがありまして、それで「じゃあやってみようか」っていうところで、押しつけられるという感覚はあまりなくて。管理が上手なんでしょうけれど、そういったのは持たなかったもんですから。こういうことにしても、「じゃあ授業他の子、誰がやってくれるかな」とかそういったことで、国語の教員が「俳句づくり、今度やろうか」とか、僕は理科なもんですから「理科でじゃあ僕やりますよ」とか、社会の教員が「じゃあせっかく外から来るから、そういうのを生かして地元で詳しい話をしてくれる人がいるから、榛南のこの歴史だとか地理だとかそういったものをやるのを作ろうか」とか。受験とかに関係なくて、それでそういった何か目標があると、子どももだらだらやるよりも非常にある程度楽しく、反応も媚びない分リアルに伝わってくるもんですから。実際にちゃんとやると楽しいっていうのが伝わってきて、それもあっていい方向に循環していくっていうことで。まあもちろん誰かが、教頭だとか教務主任の先生が作るんですけれど、みんなでやっていこうかっていうことで。そんなにこう押しつけ合う感覚よりも、突っ走られているという感覚よりも、うまく回っているっていうのは、こういうことかな、と。まあどこかで躓けばまた変わるんでしょうけれど、人数少ないもんですから、そういったところでストレスなく動いているっていうのが今の現状です。

高口:
 はい。教科に関わっていけば、例えば社会科であれば、公民のところの幼児虐待なんていうので、先生が地域の人にお願いするっていうのは大変なんですが、町民ホームベースにいるお母さん方に一人に頼むと、次の日には、というかその日の午後には、もう選定して、「誰々来るよ」なんて話になっていました。あと選択授業は実際には相当来ています。もう数年に渡って大工さんなんかは入って来ていまして、その大工さんには暴れている子も挨拶をするんですね。私が「おはよう」なんて言っても知らんぷりしていますけれども、もう卒業しちゃいましたが、その大工さんには必ず挨拶を彼はしています。だからやっぱりそういう子は、いかにも教員臭いのは苦手というか、こっちもなかなかやっぱり構えてきますのでだめですね。
 あと、教科に関わらなくてもですね、今、総合型地域スポーツクラブを目指していこうという動きはありますので、そうすると体教と先生方は、必ず話し合っています。その競技種目を、ですからかなり仲良くはなっています。逆にやるぞと体教の方から言ってきたのに、だんだん引いていく方もいて、そこでまたちょっと不信感が出てきたりとか、一時期あった方がいいと思うんですよ。「じゃあ手伝いに行くぞ」って言うと、「よし」って言うんだけれど、実際に一生懸命やるっていうと、なかなかうまくいかないところでなかなかいかないところもあるのかな、と。先生方もかなりやっていますが、地域の方もいろいろな場面で活動されています。

内田:
 それでは、あのお二人の先生とこの時間がですね、ちょうど時間的に5時で切れるもんですから、他の大学のみなさんからもご意見をたくさん頂きたいとは思っていましたけれど。やっぱり実際に口で言うのは簡単ですけれど、やるかやらんかだと思いますね。ですからこの「ターミナルとしての学校」というものを、今日お話聞いたことは、全く入り口であってですね。これから、明日からでも実践をして頂いたら、大変有り難いと思います。そういう意味での六大学をつないでの「ターミナルとしての学校」が今問われていると、そういうことから実践をやって頂ければ大変有り難いと思います。
 そしてますますインターネットがこれからだんだん生活の中にも入ってくると思います。それに向けてこれからどんどんみなさんの知恵を個人としても団体としてもおやり頂ければ有り難いと思います。やはり学校の変わるということは、どうしても一人一人大人が全部変わらない限り、子どもはやっぱり学校としても変わらないんじゃないか、その点においても今日ご参加のみなさんが、一となり二となり三となって、拡大していくことを心からお祈りしたいと思います。
 5時で回線が切れるかと思いますで、とりあえず6会場を結んでの「学習ネットワークと生涯学習 〜ターミナルとしての学校〜」シンポジウムはここでひとまず終わることにいたしたいと思います。ありがとうございました。

内田:
 みなさんいろいろご意見を言いたかった方もいらっしゃると思います。また、一つ質問も残されていましたね。接続が続いている間、時間が許す限り続けさせていただけますか。

堀田:
 はい。今のご質問ですけれども、僕は自分が教員だったこともあるので、その時のことを考えてみるとですね、忙しいんですよね。で、よく考えると忙しいということを理由にできる仕事が他にあまりないですよね。企業で、忙しいからちょっとおたくにはいけませんって言うメーカーは一つとしてないわけで、やっぱりそれは、ある程度守られてしまってきたのかなって思うんです。一方でそうは言っても、余裕がない毎日だし、たくさんのことを学校に責任を持たされてきたっていうのもありますので、はっきり言ってにっちもさっちも行かない中で、一生懸命先生方、前向きにやっているんだけれども、苦しんでいるという状況だと思います。
 だけれども、一方でなんかこう人間っていうのは、新陳代謝しないと成長しないわけで、そういう風に感じますね。たまたま今現場の先生と縁があっていろいろなことを聞きますけれど、そうすると例えば、僕らの世界ではよく知っていることでも、「そうなっているんですか」なんていうことがたくさんあるんですね。情報が流通していないっていうか、そういう感じがあります。で、それはやっぱり外から情報を得ていない学校の組織っていうのがあって、自分たちで一生懸命考えているんだけれども、あまり情報を自分たちの方が受け入れていないっていうそういう状況があると思うので、やっぱり教師の資質としては、これからいろいろな所にアンテナを張っている教師っていうのはすごく必要になってくるだろうな。いろいろなさっき西川先生の指摘にもありましたけれど、どこにどういう人がいて、どういう風に一緒にやっていけば授業としては、面白くなるかみたいなこともですね、自分の学校のことしか考えていないんじゃできないわけで、そういう意味では、アンテナ張って、コミュニケーション能力の高い先生が必要だと思いますが、それは今までの枠組みなんかではあまり利用してこなかったことなんで、新しい必要性をどうやって訴えて先生方が必要観を持って、そういう風に、コミュニケーションしていくと、外の人と失敗しながらもうまくいくという体験をどう保証するかっていうのが、この時期の大事なことかな、と思っています。

内田:
 お話頂きました堀田先生、高口先生、西川先生の三人の先生方に拍手を送りたいと思います。どうもありがとうございました。これでパネルディスカッションの方は終わることにいたします。あとはセンター長の方にお渡しします。

滝:
 最初に雨のせいとは言いませんけれどトラブルもあって、こういうSCSという高度なものを用いましても、やはり人と人との交流はこういうFACE TO FACEが一番いいと思います。けれども、ニーズとしてはやはりこういうインターネットを使いながらやることも重要だと思います。
 それから今日お聞きしまして、今回は、学校の週5日制などの動きを考えて、そのために大学としてはどうかという風に思ったんですが、大学自身にもそのままこういう問題があるんじゃないかと。例えば平成16年には独立行政法人化という話がありますけれど、そのためにも我々も含めて常に外からの情報を受け、また我々が発信していくと。この生涯学習教育研究センターというのは、まさにそうしたことをやろうとしている所ですけれども、そのためにもやはりいろいろな意味で外からも情報を頂いたり、あるいはこちらからも発信するということがあります。それも大学間だけじゃなくて、地域との密着を図り、あるいは全国のいろいろな所と関わるということが、非常に重要かなあと思いました。
 今日は足下の悪い所をおいでいただき、講師の方々に本当に申し訳なかったんですけれども、今後ともまた一つよろしくお願いします。それから県内の教育委員会関係の方も来て頂きまして、ありがとうございます。なかなか時間が限られておりまして、今日はこれで終わりますけれども、今後とも、いろいろな意味で、それこそホームページあるいはEメールを使ってですね、そういうやり取りを重ねていきたいと思います。今日はみなさまどうもありがとうございました。




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